--情報は無料だが通信はただではない-- (2002/5/07 発信)

「やっぱりITときたらインターネットよね。そうじゃない?」

--そうかなあ? まあいいけど。たしかに昨今のITブームはインターネットの爆発的普及と重なってはいるね。あらゆる中軽量級のコンピュータがつながりあうことが常識になってしまった現在からみると、すべてのマシンが孤立していた10年前の世界は逆に今や幻のような気がするな。

「なにその、中軽量級って?」

--あ、いや、インターネットに接続しているコンピュータは、パソコンかunix系のサーバが中心で、いまだに重量級のメインフレームと呼ばれる汎用大型計算機はあまり接続されないからね。

「大きいとつなぐのが大変だってこと?」

--いや、本当は大きさの問題ではなくて、その機械を動かしている基本ソフト=OSってやつがインターネット接続に親和性が高いかどうか、そして何よりも接続することにいかなるメリットがあるか、というのが問題なのさ。技術的にはまあ、つなげようと思えばほとんどどんな機械でもつながる。
 でも、たとえば会社で従業員の給与を計算したり経理の総勘定元帳を記録したりしている大型計算機をインターネットに接続する意味がどれだけあるかってことだね。
 
「意味はないかしら。」

--あんまり無いだろうね。こうした大型の、いや、何型であろうと、業務用のソフトを動かす計算機でやりとりするのは伝票的なデータだ。それも社内データであって、外部に漏れてもらってはまずいものばかりだしね。情報をやりとりするためのオープンな仕組みであるインターネットにつなげる利点はあまりない。

「でも、インターネットなら遠いところまで通信できるじゃない。」

--こういう業務系の大型システムってのは、専用の端末とやりとりするための自前の通信の仕組みを持っているんだ。だから仮に遠いところにある支店とのやりとりだって、専用線を引いて専用の通信手順で制御する、というやり方が普通さ。とてもクローズドなやり方だけれどね、それはそれで安全でセキュアな方法ではある。

「ふうん。・・でも、インターネットを使えばタダで遠くまで通信できるでしょ。」

--え? いや、インターネットはただじゃないよ。専用線を引くよりは安いだろうけれど、お金がかかる。

「うそ!? インターネットってタダじゃないの?」

--いや、インターネットはタダの代名詞みたいに思っている人は多いみたいだけれどね、それは違う。正確にいえばただの部分とただではない領域がある。

「どこが有料なの?」

--簡単にいうとね、通信はただではない。情報サービスの部分はほとんどが無料だ。

「なんだかよく分からないわ。」

--そうかい? だって、君だって、家から個人でインターネットにつなぐときは料金を払っているだろ?

「電話代のこと?」

--それもあるけれど、プロバイダへの料金さ。

「あれは自宅でやっているからだわ。事務所や大学からだったらタダよ。」

--会社や大学がタダに見えるのは、その組織自身が接続費用を負担していて、それを個別のユーザに請求していないからさ。

「でも接続料ってインターネットの入り口までの料金でしょ? インターネットの世界に入ってしまえばタダのはずだわ。」

--高速道路は入り口で料金を取られるけれど、入ってしまえば無料だ、と言っているのと同じだね。無料の入り口があちこちになければ無料サービスとはいえないでしょう。
 でも、もちろん君の言い分も半分は正しい。というのは、普通の高速道路は距離に応じて料金を取られるからね。インターネットの場合、入り口の接続料さえ負担すれば、あとは地球の裏側まで行っても余分なお金はとられない仕組みになってる。

「やっぱりそうでしょ? でも、どうしてその先はタダでいいのかしら。」

--インターネットというのは、どこかに中心や本部のある組織ではなく、お互いに助け合う互助会のようなものだからね。もともと歴史的には米国で発達してきたコミュニティで、コンピュータを相互接続しあうことでお互いのメリットを享受しようという運動の産物だといっていい。料金を集中的に管理統制しようという考え方からはほど遠い。それに、実際問題として、ユーザがどの経路を使うかわからない。

「どういうこと?」

--インターネット通信の中心技術は、米国の軍事技術研究から出てきている。この研究では、核戦争になって米国の大都市が核ミサイルで壊滅するというシナリオを考えた。

「まあ、物騒ね。」

--そのときにね、ネットワークの結節点にあたる都市がやられたとき、ネットワーク全体の機能が死んでしまっては困ると彼らは考えた。

「日本なんて、東京がやられたらお終いよね。一極集中だから。」

--アメリカ人はそれでいいとは考えなかった。ネットワークの一部分がダメになっても、別の代替経路を自動的に選択できるような通信手順を考案し、それを実験するネットワークを作り上げた。このとき生まれた経路制御の技術が今のインターネットの基盤になっている。
 これを逆にいうと、ある地点から別の地点までの経路は一定していないということだ。障害があったら自動的に回避して別のルートをとっていく。インターネットのように巨大で複雑なネットワークは、常にどこかが工事中だ。故障だけでなく定期補修などを含めてね。そうなると、経路に基づいた使用料金など徴収のしようもない。

「だからタダになったというわけ?」

--いや、そう結論にジャンプしないでほしい。この世の中にタダのものなんてないんだ。
 現実問題として、インターネットを構成しているのはいろいろな大学や企業や団体がそれぞれ自前で持っているコンピュータやネットワークなどの設備とソフトで、それぞれお金がかかるものだ。しかしインターネットに参加しているそれぞれの団体は、こうした設備を、情報交換という目的のために無償でサービスさせてもいい、と自発的な意志で決めて提供しあっている。
 つまりね、インターネットを構築し維持するには費用がかかるんだ。けれど、情報へのアクセス権(サービス)はタダで開放する、というのが基本精神だ。情報交換というメリットを得るかわりに、設備や通信の費用は自分で負担しましょうと考える。一種のギブ・アンド・テイクだね。

「レッツ・トレードって訳ね。なんだかとても米国的な発想だわ。」

--ボランティア精神といってもいい。そもそも米国でインターネットが生まれたころには、これは学術目的で非営利だった。だから商業用の情報、たとえば広告宣伝などは流してはいけないことになっていた。そのうち、その有用性が認められて、商用に使えるネットワークも生まれ、さらにそこへの接続サービスをビジネスにする「プロバイダ」があらわれた。こうして、誰でも多少のお金をはらえば使える、今の百花繚乱のインターネットが出現するのさ。

「通信はお金がかかるけれど、情報はタダってことなのね。」

--もっと正確にいうと、こちらの情報は無償で開放しましょう、そのための設備や接続費用も請求しません、だからそのかわりあなたの情報アクセスのサービスもできれば無償にしてください、そういう論理で成り立っている世界なのさ。情報に大きな価値を認めるからこそ、その代償に設備の費用は自分で負担しましょう、と。
 基盤技術は軍事研究から生まれたけれど、運営の精神は学術サークルによって、なかば草の根的に育てられた。こんな風にして現在のインターネットの性格はできあがったのさ。

(c) 2002, Tomoichi Sato
              (この話の登場人物はすべて架空のものです)