結果オーライのマネジメントでいいのか? (2017-01-20) 帰国した知人と久しぶりに会った。アジアの新興国で会社の経営陣の一員として働いている。日系ではなく純然たる現地企業だ。中堅規模でそれなりの業績も上げているらしい。知人の主な仕事はBusiness Development、すなわち事業分野の拡大と経営面の仕組み造りである。わたしも最近ずっと経営企画的な仕事をしているので、興味が重なり、いろいろな話を聞かせてもらった。 知人がその会社にヘッドハントされて着任したとき、真っ先に気になったのは、きちんとした中期的な経営の方針がないことだった。彼の会社は、その国の結構大きなコングロマリットの一部であり、子会社の位置づけだ。だが親会社からは、「何の指針も指示もなく、P/Lのボトムラインだけで管理されている」状態だったという。 P/Lとは財務諸表の『損益計算書』(Profit & Loss)の略称だ。損益計算書は一番上に売上収入が書かれ、その下に出費経費がずらずらとならぶ構造になっている。一番下の行には、差し引きの結果である経常利益が記載される。これを英語ではよく”bottom line“と称する。「P/Lのボトムラインで管理する」とはつまり、通期の利益額だけを見て、赤字だったら叱責され、黒字ならよしよしと言われるか、「まだ足りない」と言われるか、だけだったということを意味する。収益が大きければたぶん経営者はグループ内で地位が昇格し、赤字が続けばクビになって別の者にすげ替えられるのだろう。 だが、これだけでは、会社の経営陣として次にどういう手を打つべきか、さっぱり分からず、方向性が定まらないと知人は言う。そうだろうな、とわたしも思う。お前の会社はグループ内でこういう位置づけ、こうした役割を担っているのだから、こんな風な姿を目指せ、親会社として支援できるのはここまでで、判断基準ややり方はこうだ、というような指針が一切ない。ただ結果としての利益を出せ、と言われているだけだ。 きいていてわたしは、「甘えるな、結果が全てだ!」という標語を思い出した。わたし達の社会では、あちこちで出会うセリフである。経営者は結果が全てだ、利益を出せるかどうかだ。これは多くの株主が感じていることだろう。あるいは職場でも使う。営業は結果が全てだ、受注できるかどうかだ、という具合に。学校教育でもそうかもしれない。入試は結果が全てだ、いくら試験場で気張っても入試に通らなければ意味がない。スポーツも、参加したって勝てなければ意味がない・・ これは裏を返せば、良い結果さえ得られれば、その方法や途中経過は問わない、というメッセージでもある。そのやり方がどんなに属人的でも運頼みでも、とにかく結果さえ出れば、それで良いとほめられる。そして結果は、たいていリーダーの功績に帰せられる。だから優れた業績を上げた人は、どんどん引き上げて、より上位のポジションにつける。結果とは一種の人材選別のフィルターであって、優秀な人間を見いだしてリーダーに据えることですべてはうまくいく。そういう思想の表れである。そう考えると、わたし達の社会でやっている受験競争だとか就活だとかの大騒ぎの意味が、よく分かるではないか。試験で優秀な結果を出せた者が一流大学に進学でき、その中の成績上位者がさらに中央に引き立てられてエリートとして社会に君臨する。そのおかげで日本はここまで立派な大国になったのである、と。 でも、知人のケースに話を戻そう。結果を出すために、目の前の仕事を取りに行って、何とか完遂する。それをおえたら、また次の仕事を取りに行き、完遂する・・これの繰返しだけでは、会社は新興国の不安定な景気の波にもまれるだけで、真の成長はむずかしい。このままではまずいので、Strategic Business Planを作ることになった。それが彼に期待されたミッションの一つでもあった。ちなみに知人は元々、技術屋である。だが長らくプロジェクト・マネージャー職に従事し、さらに<マネジメント的な視点>を持っている人だ。経営関係の勉強もそれなりにしている。彼の上司にあたる社長も、技術者上がりだ(わたしは一度だけ挨拶したことがあるが、人柄を感じさせる立派な方だった)。だからこうした方面の役割を、その知人に期待したらしい。 Strategic Business Planであるから、まずは会社が中長期的に目指す姿を明らかにすることからはじめなければならない。そのためには無論、ある程度のマーケットの読みが必要である。魚のいない海に船を出してもしかたがないからだ。アジアのその国では、長い政治的低迷時代を少し前に脱し、ようやく成長過程に入っていて、エネルギーやインフラなども市場が期待できる。ただし市場は大きくても、競争をどうしのぐかが次の問題になる。せっかく豊富な漁場に出ても、周りを見渡したら、(たとえば)中国漁船がうじゃうじゃ、というのでは始末に負えまい。それから、自社の強みを明らかにして、それを向上させる技術なり人材なりの方策が必要である。漁場も良く、回りにライバル船が不在でも、自分の船にGPSもレーダーもなく、古代さながらの投げ網だけでは、収穫はしれているというものだ。 こうした仕事を進めるにあたり、すべてを自分だけで我流でやらず、社内を動員し、また外部のコンサルタントを活用したそうだ。とくに遂行面での弱みを補強するために、欧米系の超有名な、「マ」ではじまるコンサル会社を雇ったりもしたのだが、ここは期待外れだったらしい。それはさておき、彼が目指すStrategic Business Planを一通りつくり上げることができた。外部コンサルも、自分たちの頭を整理してくれる点では役に立った。なぜなら、経営計画を策定するという仕事はどこの会社にも共通しているし、経営学という学問の蓄積も一応はある訳だから、自分でゼロから車輪を再発明せずにすむ訳である。 こうして海図と羅針盤は手に入れた。だが、これからPlanを実行する段になると、別種の難しさに向き合うことになる。それは環境変化だ。 ここでちょっと考えて見て欲しい。今、AとBの二人の経営者がいるとする。彼らの会社の利益は次の通りだ。あなたが投資家だったら、どちらの会社がより投資先として好ましいと思うだろうか? どうやらこの国では、第2期は景気が良く、第3期はその反動で不況だったようだ。こうした環境変化はつねに起こりうる。企業の業績も、それを反映して変わるのがつねだ。それはこの表にも現れている。そしてA社・B社とも、4期合計の利益額は180億円で、結果に違いはない。 だが、A社はいかにも、業績にムラがある。これにたいしてB社の方が、より安定している。あなたが投資家だったら、B社の方が好ましいと思わないだろうか。たしかに経営者は結果が大切で、たくさんの利益を出した方が勝ちかもしれない。だが、ある期は黒字、次の期は赤字で、先々の予測がつかない経営では、ジェットコースターに乗っているようなものだ。過度のスリルを楽しみたいギャンブル的投機ならともかく、投資としてはいただけない。 つまり、組織のパフォーマンスというのは、個別の結果の良し悪しだけでなく、『予見可能性』が高いことが、社会から信用を得るためには非常に大事なのである。それはある意味、個人でも似ている。天才肌で、仕事の業績が飛び抜けて良い日もあるが、別の日はさっぱりふるわない、では組織の一員として使いにくい。何年に一度かヒット作が出れば食っていける職種もあるかもしれないが、たいていの業種はそうではない。 では、組織として、環境条件の変化にあまり左右されずに、安定してパフォーマンスを上げるためにはどうしたらいいのか。長くなってきたので、この続きは稿をあらためて、また考えよう。