工場計画論(6) ディスクリートとプロセス--製造業の分類学

何年も前のことになるが、電子調達のサイトの仕事をしていたときに気づいたことがある。それは、「物品が先か、仕様が先か」という問題だ。ちょっと抽象的で、分かりにくい問題設定だとは思う。というのは、まずモノが現実の中に存在していて、それに属性がある、という風に、たいていの生産管理や販売管理のシステムでは考えている。そして、それを表現するために、「品目マスタ」とか「マテリアル・マスタ」という技術データ管理のマスタファイル(データベース)を実装しているのが普通だからだ。

ところが、いざ調達管理の分野に関わってみると、奇妙なことに気づく。いわゆる電子商取引のためのサイト(Amazon.comみたいな)には、電子カタログの機能が必須である。カタログを開けて、消費者がほしい商品を注文する、みたいな仕組みだ。ところが、こうした仕組みは、本だとか家電製品、化粧品だとかいった見込生産の消費財には、まあ適しているが、生産財の世界に踏み込むと、とたんにうまくいかなくなるのだ。

たとえば、コンデンサだとかフランジだとかいった、工業規格で決まっている汎用品は、まだしも製品カタログの仕組みに載せることができる。ただしカタログ数がやたら膨大になるきらいはある(『工場見学ほど面白いものはない - K歯車工業に学ぶ
』参照のこと)。しかし、これがケーブルだとかシートだとかいった「切り売り」する材料の場合、さらに工業用ガスや燃料油といった液状製品になると、次第に始末に負えなくなる。こうした製品は、三つのやっかいな特性を持っている。第一に、規格がブロードで、特性にいろいろな幅があること。第二に、異なる製品を簡単に混合できてしまうこと。そして第三に、購入量によってボトルやボンベといった荷姿が変わることだ。

生産財の調達はB2B(Business to Business=企業対企業)取引で行われる。多くの場合は、ユーザすなわち購入者が、細かな仕様(特性上の要求事項、たとえば純度だの発火点だの粘性など)を指定する。つまり、同じような品目に見えても、顧客の用途によっては適合したりしなかったりして区別が必要になるのである。それでは、性状の異なる製品をタンクの中でまぜちゃったらどうなるのか? おまけに、(ミネラルウォーターを見れば分かるように)1リットルと5リットルでは、まったく別の容器に入っている。これらは、同じ製品なのか、別の製品なのか? もし「同じ」だとしたら、“じゃあ今日は12リットル持ってきてくれ”と注文を受けたとき、どう引当するのか? もし「違う」ならば、“5リットルが在庫にないときは、たとえ1リットルが5本あっても、欠品状態になる”という状況が出現しないか? 

こうした問題を解決するためには、頭の中を切り替える必要がある。売り手の作った「製品のカタログ」があるのではなくて、買い手のほしい「仕様のカタログ」があるのだ、という発想をすべきなのだ。このことに気づいたとき、はじめて私は、ディスクリート系のマテリアル・マネジメントと、プロセス系のそれに、根本的な違いがあるのを理解したのである。

工場を分類する方法はいくつかあるが、その代表的な区分の一つが、「ディスクリート型」と「プロセス型」である。ディスクリート型とは、自動車工場や電子製品工場など、いわゆる組立加工型の工場である。プロセス型とは、化学プラントとか製油所といった、反応と合成を主体とする工場である。だが、その両者の最大の違いは何かというと、非常に単純なこと、すなわち「扱う主要な原材料・製品が固体か流体か」にある。固体ならば、ディスクリート、流体ならばプロセス型になる。

固体と液体なんて相対的なものじゃないか、液も冷やせば固体になるんだし--そう思う人もいるだろう。だが、固体になったら混ざらないのだ。混ざらないということは、属性が固定されるということである。赤ワインと水を混ぜれば、その比率によって透明から赤まで、連続的に好きな色がすぐに作れる。何かマテリアルの種類を特定したければ、その色によって特定するしかない。つまり、固体は「モノに仕様が付属する」のに対し、流体は「仕様がモノを特定する」のである。

ほかにも、固体と流体とでは、ハンドリング上、異なる点がいろいろある。

(1)ロットサイズ: 固体ではほぼ決まっているが、流体では決め方は無数に可能

(2)中間在庫: 固体はいつでもストック可能だが、流体はタンク等の特殊設備が必要

(3)製造装置の連続運転:固体では稼働・休止は自由(モノを自由に置けるため)だが、流体では連続運転が原則(止めるにはパイプの中の流体も全部どこかにはき出す必要がある)

(4)搬送設備:固体ではAGV等、複雑だが必須ではないのにたいし、流体は配管+ポンプで輸送するため、単純だが必須になる

こうした性質は、工場のプランニング、レイアウト、在庫計画、入出荷計画、生産計画とスケジューリングなど、さまざまの面で根本的な差違を生む。簡単に言うなら、プロセス型の工場は、機械装置間が密結合されているシステムになっている。Aという工程から運び出された流体は、(そこらへんに積んでおく訳にはいかないから)すぐさま下流工程のBに、配管とポンプで輸送する必要がある。両者は、別々に運転するわけにはいかない。だから、制御も集中型になる。

これに対して、ディスクリート型工場は、粗結合のシステムと言えるだろう。加工機械をフロアにぽんぽんと適当に配置しても、それなりに工場としては機能する。なぜなら、A工程で生み出された仕掛品は、すぐB工程に持ち込まずとも、そこらへんに好きに積んでおくことが可能だからだ。

このような特性の違いは、すなわち工場設計論の違いをも生んでいる。プロセス型の工場では、全体が統合されたシステムであるから、システム・エンジニアが基本設計を行う(正確に言うと、プロセス・システム・エンジニアという職種がある)。そして、最初から最適化を念頭において設計していく。これに対して、私がこれまで見聞きした範囲では、ディスクリート型の工場は、システム・エンジニアという職種自体が確立しておらず(IT技術者とは別)、個別の工程が局所最適風につくられてしまう傾向が強いように感じられた。

さて、幸か不幸か、日本の製造業の花形業界(自動車・電機とその周辺)はディスクリート型である。そのためか、日本の工場を見ると、どうも局所最適・粗結合、つまりあちこちにアンバランスと無駄のある設計に気づくことが多い。あそことか、こことかを改善すれば、5%くらいは生産性が上がるだろうになあ、と傍目では思うのだが、ご当人達はベストの努力を尽くしていると信じている(局所最適型のエンジニアはだいたい、そうなりがちである)。

企業では5%生産性が上がったら(あるいは原価が下がったら)、かなり劇的に収益が向上するものだ。せっかくのそのチャンスを、活かせず無駄にするのは惜しいことである。だからといって、ディスクリート型の工場をプロセス型に転換するわけにはいかない(工場の構造は、主要工程の科学技術的制約によって決まるからだ)。でも、せめて、密構造の全体システム設計の視点を持ってほしいものだと、常日頃感じているのである。

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