コスト・マネジメントの話(2) - 黒字倒産、あるいは借金は財産である事について (2012/09/18)

前回『コスト・エンジニアリング』(「生産計画とスケジューリングの用語集」)で、コストとは分かっているつもりで案外分かりにくいものだが、その理由は二つある、と述べた。その第一の理由は、“見えないお金の動き”があることだ。物を売れば、お金が入る。モノやサービスを買えば、お金が出ていく。それらはすべて、目に見える分かりやすいお金の動きだ。だが、それ以外に、目に見えない動きがある。たとえば、原価を割る値段でモノを売ったら、お金がどんどん出ていくはずだ。ところが、たしかに損は積み上がっていくが、手元のお金はちっとも減らない、ということもあるのだ。今回は、その話をしたい。

わたしがはじめて「黒字倒産」という言葉を聞いたのは、(ちょっと場違いに思われるだろうが)NHK朝の連続TVドラマの中だったと思う。まだ中学か高校生だったわたしは、“このままでは、店は黒字倒産にもなりかねない”という主人公の独白を聞いても、ちっとも意味が分からなかった。黒字なのに、なぜ倒産するのか? 倒産するのは、赤字の時だけではないのか?

同じ頃わたしは、家のローンに関連して、父が「借金は財産だ」と言うのを聴き、これもまた訳が分からなかった。借金はマイナス、財産はプラスじゃないか。なぜそれがイコールの等号で結ばれるのか? その理屈が分かるようになったのは、ずっと後、会社で経済性分析のために財務の初歩を習ったときだった。

周知の通り、財務諸表の中心は、貸借対照表(Balance Sheet = B/S)と損益計算書Profit & Loss = P/L)である。貸借対照表は、ある時点での企業の持つ財貨のストックを表し、損益計算書は、一定期間内のお金のフローを表している。一定期間のストックの増減が、フローになる。数学に強い人なら、損益計算書は、貸借対照表の微分項を示すと考えるだろう。

もう一つ大事なことがある。損益計算書は、税金の計算のベースとなる点だ。法人税は、企業が一定期間内に上げた利益に対して課税される。たとえばあなたの会社が今期、100万円の製品を顧客に売ったとしよう。ところが、その製品を製造し販売するために必要な費用が80万円だった。すると、得た利益20万円に対して、国は法人税をかけるのである。その税率は、いろいろ面倒な細部を省略してざっくり言えば、半分近い(ここでは切りよく10万円としよう)。だから税金を払った後、手元に残る利益(税引き後利益)は10万円である。

では、100万円の製品を作って売るのに、120万円かけてしまったら税金はどうなるのか? つまり、20万円の赤字だ。赤字の場合、税金はかからない。ここを覚えておいてほしい。黒字だと法人税を取られるが、赤字だとタダになる。

さて。あなたが20万円の赤字を出して、“さあ、こまったな”と考え、誰か親切な人から20万円を借りたとしよう。あなたの財布には、20万円のフローが入るわけだ。さて、このフローは、損益計算書に収入として記載されるか?

じつは、されないのである。あなたの手元の資産(ストック)は、20万円増えたではないか。だが、これは製品やサービスの売上で得たフローではないし、逆に外に支払うべき費用を節約して得た金でもない。じゃあ、何なのか?

このような借金の貸し借りは、「資本取引」と呼ばれ、損益計算書でカバーされる「損益取引」とは別のカテゴリーなのである。損益計算書は利益の(つまり税金の)計算のベースだ、と上に書いた。ところが資金の貸し借りは、損得とは直接関係がない。20万円借りても、それで何か得をしたわけではない。20万円の現金を手にしたかわりに、20万円の「債務」を負ったからだ。返すべき金は、借りた金と(当たり前だが)いつも同額だ。足し引きゼロである。(ちなみに返す必要がなければ、それは贈与であって、得になるが、ここでは普通の借金の話をしている)

父が「借金は財産だ」と言ったのは、このことを逆の側から表現したのである。20万円の債務を引き受けると、20万円の資金が手に入る。貸借対照表では、資産と債務に同額20万円が計上される。ストックは全体として20万円増える。

逆に、人に金を貸した場合も、資本取引になる。債権を得て、現金を減らすわけだ。ところで、製品を100万円で顧客に売って、請求書を送りつけた場合、それは財務上、どう扱われるか? まず、製品が売れたわけだから、売上が100万円、計上される(これは損益計算書ではプラスとして扱われる)。と同時に、顧客は代金の支払い義務(債務)を負うわけだから、100万円の債権が、貸借対照表に記載される(売掛債権と呼ばれる)。八百屋で大根を売るような現金取引なら、こういうややこしい処理は必要ない。だが、企業間の取引では、たいていの場合、請求書支払になるから、売掛の概念が必要になるのだ。

じゃあ、顧客がこの代金をいつまでも支払ってくれなかったら、どうなるか。損益でいえば、黒字だ。だが、手元のキャッシュがいつまでも増えない。ところが従業員の給料その他、現金で支払うべきものがいろいろある。こうして資金ショートが起きる。ここでもし、手形の決済などができなくなると、倒産もあり得るわけだ。黒字でも、売掛債権をきちんと回収できないと、倒れてしまう。これが、最初に書いた黒字倒産の原理である。

もう一度、整理しよう。お金の出入りには、損益取引と資本取引の二種類がある。金の貸し借りは資本取引であって、損益には(そして法人税にも)直接は関わらない。つまり、損益(コスト屋さんの世界)からは“目に見えないフロー”になるのである。

さて、お金(現金)の良いところは、保管しておいても減耗しないことだ。ところで、お金の代わりに、何か機械設備などの資産を持ったら、どうだろう? 100万円の借金をする。その資金で、100万円の機械を買って、工場に入れる。都合、100万円の債務を負って、100万円の資産(有形固定資産)を得たことになる。

ところが、機械というのは生産のために使っていくと、次第に減耗していく。さらに、時代遅れにもなっていく。資産が目減りしていくのだ。機械の寿命が10年だとすると、毎年10万円分、資産が減っていくと考える。見た目にはちっとも減ったように見えない。だが、財務上は損をしていく。ソフトウェアについても、同じように考える。

この損は、商売に必要な費用だ、と解釈し、これを損益計算書にマイナス項として計上することが許されている。これを「減価償却」と呼ぶのである。毎年10万円、減価償却がある。すると、あなたの利益は減るから、税金はその分、少し(5万円ほど)安くなる。利益は減る。でも、別段、手元のキャッシュが減るわけではない。なんだかちょうど、減価償却費の分だけ、お金を補填してくれているようなものだ(これを減価償却の自己金融効果と呼ぶ)。減価償却とは、設備投資という資本取引を、損益計算に引っ張り出す窓、と解釈してもいい。実際の償却金額の計算法はもう少し複雑だが、ここでは考え方のアウトラインを示している。

いつものことながら長い説明になってしまい、すまない。しかも今回は、得と損が入り交じって、ややこしい話だったと思う。ま、このややこしさに不満がある人は、近代の財務会計の基礎を発明したイタリア人たちに文句を言ってほしい。彼らが数百年前、地中海の内外を駆け巡って作り上げたグローバル・ビジネス上のスタンダードが、複式簿記のシステムなのである。だがこれは、それなりに優れた合理性があるため、今に至るまで使われている。われわれ勤め人の財産なら、出入りだけで損得を判断できるが、企業の財務はそう単純ではない。目に見えやすい損得のフローと、見えない資本のフローがあって、それが時間項を介したつながり方をしているのだ。だからコスト・マネジメントを志す人は、必ず財務会計の仕組みについても学ぶべきなのである。

(追記)前回、製造業の世界ではコスト・エンジニアの存在をあまり聞かない、と書いたが、「原価企画部やコストエンジニアリング部などの名前で、多くの製造業に存在している」とのご指摘を頂戴した。わたしの認識不足だったようで、ここに訂正させていただくと共に、アドバイスをいただいた野尻寛氏にお礼を申し上げたい。