その在庫はストックですか、フローですか? (2012/05/25)

もうだいぶん前のことになるが、仕事でスコットランドのアバディーンという街に出張した。北海に面したスコットランド第二の都市で、事実、北海油田関係の企業が集積している。仕事を終えてかえる頃に、親戚への土産にスコッチ・ウィスキーを買っていこう、と思い立った。しかし、わたしは酒に弱いので、ウィスキーのことなどさっぱり分からない。そこで取引相手のスコットランド人にアドバイスを求めた。すると彼の答えはとても簡潔明快だった。「15年以上の、シングルモルトのものを買え」

わたしはその言葉にしたがって、銘柄は忘れたが15年モノのシングルモルト・ウィスキーを探し求め(とにかくあの地にはやたらとたくさんの種類のスコッチが店に並んでいるのだ)、幸い親戚にも喜んでもらえた。わたし自身はきっと15年物だろうが7年物だろうが飲んでも区別できないだろう。しかし、スコットランド人は、(あんなに料理の味には無頓着なくせに)ウィスキーの味となると微に入り細に入り、じつに批評眼が鋭いのだ。

ところで、このとき店頭に並ぶウィスキーの在庫を見て、こう思ったのも事実だ。こういう製造に長期の時間を要するメーカーの生産管理というのは、どうやって考えるのだろう?

「15年物のウィスキーのリードタイムは?」という質問を、わたしはリードタイムを説明するときによく使う。このサイトでも以前書いたかも知れない。ウィスキーの仕込みを始めてから完成するまで、製造のリードタイムはたしかに15年(以上)だ。ところで、この酒をネットで注文すると、2,3日後には手元に届く。いったいどちらが本当のリードタイムなのか?

むろん、この問いは実は意味がない。リードタイムとは、なんらかの『オーダー』(指示)が発せられてから、それが完了するまでの期間を呼ぶ。そのオーダーの種類によって、リードタイムも何種類もあるのだ。生産指示が出てから、生産完了するまでを「生産リードタイム」と呼ぶのだし、納入指示(発注)から納品までの期間を「納入リードタイム」と呼ぶ。だからウィスキーの生産リードタイムは15年だが、納入リードタイムは3日なのだ。両者の差は、ウィスキーのサプライチェーンの「店頭在庫」がギャップを埋めている。

さて、そうなると一つの疑問がわく。それは、ウィスキー・メーカーの在庫の多寡は、どうやって判断するのかという問題だ。財務諸表を引っ張り出して、棚卸資産の金額を、売上高の金額で割って「棚卸日数」(あるいはその逆数である「棚卸回転数」)を計算する作業は、企業診断のコンサルタントだったら誰でもやる作業だ。しかし、なにせ蔵の中には15年分の貯蔵酒があるのである。店頭在庫が10日分あろうが60日分あろうが、数字的には大勢に影響はないことになってしまう。無論、店頭在庫だけの回転数を計算することはできる。だが、洋酒メーカーに限って半製品・仕掛在庫を計算から除外する根拠は、何なのか? いや、洋酒だけではない。日本酒にせよ、味噌・醤油にせよ、長期間熟成過程を必要とする製造業は案外多い。短期と長期の境目はどこに引くのか?

じつは、このような疑問は、在庫というものの中身を区別しないから生じている。中身と言うよりは「目的」とよぶべきかもしれない。それは「ストック」と「フロー」である。

在庫はみなストックではないのか!?--そう、考える人は多いだろう。答えはNOである。在庫には、下流工程の使用予定が未定のものと、使用予定に明確に紐付いているものの二種類がある。前者がストックとしての在庫である。後者は、すぐに使われていく、一次的な存在であるから、『フローとしての在庫』と考えるべきだ。ちなみに英語では、在庫全体(棚卸できる対象)をInventoryという。このうち、消費予定が明確でなく保存しているものをstockといい、すぐ下流工程に使われるものはふつうWork in Process (WIP)と呼ぶ(ただしstockには“保管する”という動詞の意味もあるので、まぜこぜに使われることも少なくない)。

通常の在庫管理では「引当」という仕組みがあることはご存じだろう。“どこそこ向け納入予定に引き当てた”といった使い方をする。つまり使用予定を予約することを在庫引当というのだが、未引当在庫を「ストック在庫」と考えると分かりやすいかもしれない。逆に、すでに全量が下流の使用予定に引き当てられているものは「フロー在庫」である。

フロー在庫の代表例が、ウィスキーなどの「エージング」期間中のinventoryである。これは漠然と保管しているのではない。エージングは一種の製造工程だと解釈することもできるだろう。だから貯蔵樽の中のウィスキーは、フロー在庫なのである。同様に、ベルトコンベヤの上に並んで流れていく半製品・仕掛も、フロー在庫である。それは短期間、一次的にそこに存在するだけである。ウィスキーだって、一定の熟成期間が終われば、製品として瓶詰めされる予定に最初からなっている。そして、瓶入りの製品になった瞬間、(たぶん)それは納入先の未定な「ストック在庫」に変身するのである。

誤解のないようにしてほしいのだが、「動いているモノ」がフローで、「止まっているモノ」がストックなのではない。トラックに乗って動いていても、それは売れるあてのない商品を工場から物流倉庫に移しているだけなのかもしれない。味噌樽の中の味噌は、エージング中のフロー在庫である。

わたし達が生産管理の有効性で問題にするべき尺度は、使用未定の「ストック在庫」の量と回転率である。なぜならストックは、陳腐化や売り損ないのリスクにさらされているからだ。またストックはお金を寝かせているので、在庫金利という形で見えないコストを発生させている。他方、「フロー在庫」は、避けて通れない在庫である。15年物のウィスキーを7年に短縮しろ、とコンサルタントが要求したら、それは愚かというものだ。もちろん、ロット待ちなどで無駄な滞留が起きることは、もちろんある。工程を工夫してフロー在庫も減らせるなら、減らせばいい。しかし決してゼロにはならない。ゼロを目標にすべきでもない(それはモノを作っていないのと同義だから)。

みなさんが何か製品や部品を手に持ったら、“これはストックなのかフローなのか”を自分で問うてみるといい。さらに自分に入ってくる情報や帳票も、ストックなのかフローなのか、区別を考えてみると面白いかもしれない。ただし、モノの世界では、ストック在庫はいつかは出荷されてフローに変わるはずだが、単に履歴として貯蔵されているデータは、自分達が主体的な意思を持って分析しない限り、意味のある情報としてフローには再度転化しないだろうが。