とれるだけ仕事をとってはいけない

とれるだけ仕事をとってはいけない (2015/03/03)

最初に、損益分岐点の説明からはじめよう。企業は、製品やサービスを売って売上を得る。しかし、世の中にタダの物はないので、そこには必ず費用(原価)が発生する。その費用が製品の販売数量に単純に比例する場合、企業は売上に比例した利益を得ることになる。この関係を図(a)に示す。横軸は、売上である。工場の視点から言うと、売上向上すなわち稼働率向上を意味するから、横軸は稼働率と見てもよい。縦軸は金額で、実線が売上高を、点線が費用を示す。費用は純粋に、売上高に比例する。これを変動費ともいう。売上に伴って、変動するからである。たとえば製品を作るのに必要な原材料の購入費がそうだ。あるいは、製品を加工するための外注費などもそうだ。

ところが、企業にはこれとは別に、売上高にまったく関係なく、固定的に発生する費用がふつうある。これを固定費という。その典型例は、設備機械の減価償却費である。あるいは、従業員の給料などもそうだ。売上があろうがなかろうが、給料は払わなくてはならない。事務所や工場用地の賃料もそう。

こうした固定費があるため、費用合計の線は、図(b)に示すように、グラフの原点ではなく、縦軸に少しプラスの切片を持つようになる。ところが売上の方は当然ながら原点から右上がりの直線だから、この二つの線は、どこかでクロスして、それより右側は売上の方が大きく(つまり利益が出る)、その点より左側は、費用の方が大きく(つまり赤字に)なる。損失と利益を分ける点なので、これを損益分岐点(Break-even
Point)とよぶ。経営者は当然、なんとかして売上を損益分岐点よりも大きくして、利益を出そうと努力することになる。また逆に、なんとか固定費を下げて、損益分岐点を小さく(原点よりに)ずらそうと工夫するだろう。

ここまでは、まあ基本である。問題はこの先だ。

以前、「稼働率100%をねらってはいけない」(2014-07-27)にあげたグラフ(c)を思い出してほしい。工場の設備は、稼働率が高くなり100%に近づくと、急激に待ち行列が長くなる。これは、受注のタイミングや製造作業の時間にバラツキがあるために生じる現象である。注文が立て続きに来ると待ち行列が長くなるが、注文の間隔が開いたときは(行列の長さはゼロ以下にならないので)行列の短縮効果には限界があり、プラスとマイナスが打ち消し合わないために発生する。だから工場には、ある程度は余剰の能力が必要であり、不況になったからといって、遊休設備を捨てて工場稼働率を100%に近づけよう、などといった施策をとってはいけない。これはORの一分野である待ち行列理論から論理的に導き出される性質だ。



(c)

ところで、この待ち行列の長さはすなわち、その会社における仕掛在庫量を表している。なぜなら、注文を受ける→すぐ原材料を手配する→原材料がサプライヤーから到着する→製造機械の前で行列になって待っている、という訳だから。いや、たとえ物が手元にあろうと輸送中であろうと、手配をかけてしまえば事実上、それはもう在庫なのだ。そして在庫であれば必ず、保管費用や在庫金利が発生する。それだけではない。待ち行列が長くなり、製造リードタイムが長くなることは、納期遅れの頻度が高まる訳だ。厳しい顧客だとペナルティを要求されるだろう。不良が出た際、作り直しの工程への影響も甚大になる。苦肉の策で他社に製造の一部を外注すれば、当然コストがかかる。そうでなくとも、工場にモノがあふれかえってくると、動線が錯綜し、モノ探しのムダな手間が増える。つまり、全体としてコストが増えるのだ。

したがって、

 全体の費用 = 固定費 + 変動費 + 製造待ち行列にかかる余計な費用

ということになり、図(d)のような右上がりの曲線(下に凸)になる。この図から分かるように、費用の線は、今度は2回、売上と交わる。一つは先ほどの損益分岐点のあたりだ。もう一つはもっと右側、稼働率が危険水域に達する地点である。これ以上、仕事をとると逆に赤字が発生する。これをわたしは「危険稼働率」と呼んでいる。

だから製造業では、急に好況になったからといって、営業部門が「とれるだけ仕事をとって」きてはいけない、ということが言える。ほとんどの企業では営業部門を「売上高(受注高)」で目標管理しているから、仕事があればあるだけ取ってこようと、まるで獲物の群れを追う狩猟動物のように反射的に動くが、これは実は危険なのだ。もっとも図(c)は、工場を単一工程でモデリングしたケースであり、実際の工場はもっと複雑な構成になっているから、この危険稼働率は簡単には算出できない。だが、いずれにせよ費用合計が下に凸の曲線になること自体は確かである。

さて、ここまで読んだ読者の中には、「ウチは製造業じゃないから関係ないや」と思うサービス業の方もおられるかもしれない。「別に、仕掛在庫とか発生しないし」と。

ところが違うのである。たとえ在庫の発生しないサービス業でも、それが受注ビジネスであり、かつ受注前に見積設計作業が必要であったら、受注量を増やしすぎるとかえって赤字になることが、最近の研究で明らかになってきているのだ。なぜか。

昨年11月に、わたしが主催する「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」は文教大学の石井信明教授をお招きして、講演していただいた。タイトルは「需要変動化における受注戦略のマネジメント ~受注ビジネスを例に~」である。石井先生の講演は、まず、とある受注ビジネス型業界におけるライバル企業2社の、過去40年間の売上と経常利益の比較から始まる。じつは、わたしがよく知っている業界である。この業界では過去40年間に、ほぼ10年ごとに成長局面があった。顧客となる市場に、一種のブームがあったからである。

しかし2社の業績をよく比べてみると、受注変動の大きなA社の方が、そうでないB社と比較して利益が低い傾向が読み取れる。とくに、大きな受注高を上げた少し後に、ひどく赤字を出す傾向があり、長い年月の間では、それが企業の収益力の足を引っ張っていることが分かる。いいかえるなら、同じような業界のアップダウンを経験しても、受注量が比較的平準化されているB社の方が、長期的には成長力が高いのである。

どういうメカニズムでこのような現象が生じるのか。石井教授の立てた仮説は、こうである。競争入札が主体で、受注前に見積設計を要求されるような業界においては、精度の高い見積ができる人材はある程度経験を積んだベテランであろう。そうした人材は、当然ながら社内で限られている。経験の足りない人間が見積をすると、見積自体の精度が落ちる。精度が落ちるというのは、別に見積の値自体が小さくなるという意味ではなく、平均値からのプラス・マイナスの振れ幅が大きくなる訳である。

さて、入札できまる受注ビジネスにおいては、当然ながら提示価格が競合企業の中で最も低い者が、仕事を受注できる。コストを低く見積もった案件ほど、受注の可能性が高まるが、とうぜん受注後の採算は低くなる。そして、見積の精度が悪いほど、コストを低く見積もる可能性が高まり、低採算で案件を受注してしまう可能性も高まることになる。そうなれば、受注段階からすでに、プロマネの管理範囲を超えるような想定外のコスト差異を背負って、スタートしなければならないわけだ。

そして、受注ビジネスにおいて、企業は普通、受注した案件の遂行と、次の案件の見積作業を複数、平行して抱えている。ところが、受注量が多くて業務繁忙期にあるときは、見積に十分なリソース(ベテラン人材)を投入できるとは限らない。その結果、見積の精度が落ち、不採算で仕事を受注してしまうのだ。そして、いったん赤字のジョブを受注してしまうと、その問題を押さえ込むために、さらにベテラン人材を張り付けざるを得ない。また赤字プロジェクトは納期も遅れがちだから、そうした人材を次の案件に回すことも難しくなる・・

石井教授は上記のようなダウン・スパイラルの現象をモデル化して、シミュレーション実験を行った。見積精度は、見積作業に割り当てられる人時に対するロジスティック曲線(S字カーブ)で近似する。詳しい説明は省くが、多期間にわたり、毎年同額の受注を継続する場合、受注高が上がると平均利益も上がっていくのだが、ある点を超えると利益が下がりはじめる結果になった。つまり、平均利益を最大化する受注高が存在するのである。これは、上に説明したような繁忙による見積精度低下によって起こる。

つぎに、三つの受注戦略をシミュレーションで比較してみる。戦略Aは固定型で、目標受注量を固定し、毎年、その目標額を受注すべく、案件の入札を繰り返す。戦略Bは変動型で、前期の受注量が小さかった場合は目標値を大きくし、前期にたくさん受注高が上がった場合は、翌年の目標値を下げる、という具合にする。そして戦略Cは抑制型とよばれ、たとえ前期の受注量が小さくても、毎年の受注量上限を決めておき、達成したらそれ以上は入札には参加しない、というものである。そして、今度は、市場の需要にも変動を加えた。

それを15年分、回した結果は、きわめて明瞭だった。市場の需要に変動がある場合、15年間の合計利益は、

 戦略C(抑制型) > 戦略B(変動型) >> 戦略A(固定型)

となったのである。つまり、毎年の受注量に上限を決めて、受注量の平準化を図る戦略が、もっとも安定して収益を上げられる。そして、「とれるだけ仕事をとろう」と無制限に入札を繰り返す戦略Aは、他よりもかなり利益が低くなるのである。

ちなみにこの研究は、プロジェクト・マネジメント分野では世界トップの論文誌であるInternational Journal
of Project Managementに昨年掲載されたので、もし詳細を知りたい方は、そちらを参照されるといい(Ishii,
N., et. al.: An order acceptance strategy under limited engineering
man-hours for cost estimation in Engineering?Procurement?Construction
projects. JPMA, Vol. 32, pp.519-528, 2014)。

という訳で、教訓は一つである。つまり、たとえ市場環境が好況であっても、“この際、とれるだけ仕事をとろう”、としてはいけないということだ。自分の組織の処理能力を超えて受注してはいけない。それどころか、たとえ稼働率100%に満たなくても、危険水域を超えて受注をしてはいけないのだ。そうすれば、後でツケが回ってくる可能性が非常に高い。短期的には、運がよければ、切り抜けられるかもしれない。しかし、長期的には、自分の成長力を損なうのである。

そして、わたしが何より心配なのは、世の中にはこうした研究があるのに、産業界ではいっこうに気にしないどころか、知ろうともしない様子であることだ。最初に書いた、工場内の仕掛在庫に関わるダイナミクス研究は、米国ではFactory Physics(工場物理)と呼ばれ、広い意味での経営工学の一部である。後半に紹介した石井先生の研究は、プロジェクト・マネジメント分野の研究だ。どちらも、たしかに理論的研究に見える。しかし、ビジネスに対する示唆は非常に大きいものがある。それなのに、わたし達の社会では、産業界はこうした研究に関心がなく、もちろん研究費を投じようという動きもろくにない。

「ウチの社長は文系だから」という言い訳もよくきく。だが、上記の理屈は、ふつうに考える能力のある人なら、理解できる範囲のことである。まともな経営者は、「じゃあ、ウチの危険稼働率は何%なんだ?」とたずねるだろう。それを推算するのが、エンジニアの能力ではないか。「製造業を捨てた」はずの米国では今なお、工場物理が盛んに研究されている。一方、「ものづくりが日本を救う」はずのわれらが社会では、“数式の載った本なんて出版しても、誰も買いません”、と出版社がいう始末だ。どこかで、わたし達の社会の知的風土は、劣化してきていないだろうか? ・・これが単なる杞憂であることを、わたしは願うが。

Follow me!