トヨタ生産システムとは、じつはトヨタ生産&販売システムである (2013/08/25)

数年前、中東のある国で、大手自動車ディーラーを訪ねたことがある。そこで働く日本人の方のお話を聞くためだった。名前をS氏としておこう。その会社はトヨタ車の販売も多く手がけており、トヨタのOBであるS氏を社内指導に招いていたのである。訪問の主目的は当該国のビジネス事情と官庁との関係をヒアリングすることだったが、氏がご自分がしてこられた事について、淡々と話されるのを聞くうちに、次第に驚嘆の気持ちがわたしの中でふくらんでいった。以下はその時に聞いた話だ(ただし差し障りがないよう、本質的でない点は少し変えてある)。

S氏はもともと、人材育成と社内教育のために、その2年ほど前に呼ばれたのだった。車のディーラーは、業容が拡大すると、売ったらそれで終わり、では済まなくなる。まず、補修用のサービスパーツを自分で手がける必要が出てくる。さらに売上が増えると、自社で保守点検の修理工場を持つことになる。他の不慣れな整備屋に直されて下手に故障されるより、正規ディーラーが修理を手がける方が車の寿命も伸び、結果としてビジネスの評判も良くなるからだ。

かくして、その会社も全国に何箇所かメンテナンス・ショップを持つことになった。そうなると、整備工の教育訓練が大事になってくる。本社に教育研修のためのセンターを作り、きちんとしたプログラムのもと、全国から集めた整備工を育てることになった。そのセンター長として、S氏が招聘されたのである。

ちなみにS氏は、長く海外営業畑を歩いてこられ、アジアの関連会社にも何年かおられたとのことで、英語に関しては全く問題ないようだった。中東では大学教育は英語でやるから、社内でホワイトカラーと仕事をする際には大きな不便はない。もちろん、S氏は技術者ではないから、実際の技能訓練は部下の指導員たちに任せることになる。そして、技能工以外の、社員各層への教育育成もS氏の責任範囲だった。

わたし達は、S氏のオフィスで話を伺った。ミーティングもできるような細長い部屋の隅にデスクをおいて仕事をされている。背面の壁には、模造紙大の大きな紙に、工程表のバーチャートが描かれていて、縦にイナズマ線が引かれている(これが実は毛糸をピンで留めたもので、進捗を確認し、イナズマ線を引き直すのが簡単にできるようにになっている。まことに典型的な、「目で見る管理」である)。

ところで、S氏が着任直後にやったのは、社長のところに直談判にいくことだった、という。なぜか。--S氏の最初にすべきことは、育成のプログラムを作り、指導員たちをまず育成指導することだ。そのため、自分の部門の方針を立てる必要がある。ところが、「驚いたことに、この会社には各部門の方針がなかったんです。それというのも、会社全体の年度方針を社長が出していないからです。つまり、経営をしていなかった。」 そこで、まず社長に、方針管理の重要性を説いて聞かせ、何度か説明し説得し懇願した結果、ようやく全体方針ができた。それを元に、教育研修センターの方針も具体的に作ることができるようになった。

その次にS氏は、センターの方針を部下の指導員や中間管理職たちに下ろして、それぞれの担当セクションの方針と目標をつくらせた。むろん、これがまた一苦労。誰もいままでそんなことをしたことが無かったからだ。右から入ってくる顧客の注文や上司の命令を、左にふって指示すれば、それで仕事をした気になる人たちばっかりだった。S氏はしかし、倦まずひるまず、方針管理を彼らにも貫徹する。年度目標ができたら、今度はそれを時間軸に沿って、どういう手順でどれだけ達成していくかを決めさせる。その結果が、S氏の背中に貼ってあった工程表なのだ。

さらにS氏は、(たしか2週に1度だったと思うが)定例ミーティングで全員を招集した。進捗状況と問題点を報告させるためだ。ただし、ミーティングの冒頭には必ず、このセンターのミッションを全員に大声で復唱させる。ミッション・ステートメントは英語でわずか2行程度の簡潔なもので、部屋の入り口の上に紙で貼ってあった。もちとん、S氏も一緒に大声で唱える。知的な読者諸賢にとって、こんなやり方はひどく体育会的に見えるだろう。しかし、こうすれば、必ず全員の頭の中に、「自分たちの仕事の目的、役割は何か」が刷り込まれる。議論がもつれた際には、このミッションに立ち戻って、何が一番大事かを再確認する。

進捗が2回以上滞っている場合は、何か大きな問題か障害が起こっていると判断し、工程表のイナズマ線の該当箇所に、赤い大きな印をピンで留める。わたしが見たのは2年目の終わりで、ピンの数は2箇所だけだったが、きっと初年度のイナズマ線はもっとぐちゃぐちゃだったに違いない。そして問題点を分析し、解決策をこうじる。「この、問題原因の分析というのも、正しいやり方があるんです」とS氏はいう(原因分析は、有名な「なぜなぜ5回」をやるのだと想像するが、たしかにこの「なぜなぜ分析」は、下手にやると、意味ある分析結果が出てこない)。

S氏はもちろん、自分でも研修の講師をする。営業、輸送、保全などの社員に、小さなオモチャのようなキットを使い、グループで演習をさせながら、トヨタ生産方式の中核である平準化生産の意義を教える、という。やってみればわかるとおり、多くの製品をかためて一度に作るより、少しずつ平準化して作る方が、販売も物流も生産も、ずっと効率がいい。その分、とうぜん安くなる。だから儲かる。「営業がどいういうふうに売れば、生産コストが安くなるのか、ゲームで皆が納得するのです。」

この話を聞いたとき、つくづくトヨタとは空恐ろしい会社だと思った。この方は営業畑の人なのだ。それが、自社の生産システムをきちんと、他人に伝わるように、説明できる。では、日本の製造業で、営業マンが自社の生産の仕組みを外部に説明し、なおかつ、「生産コストが安くなるような売り方とは何か」を語れる企業がどれだけあるだろうか? 営業は営業、生産は生産。それは二つの別の組織。そう思っている会社がほとんどではないのか。

営業は、工場が作ったものを売りさばくのが仕事。技術のことに口出すべきではない。--それが、高度成長期の感覚だった。時代は下り、今は逆に、「工場は、営業がとってきた案件を文句言わずにこなすのが仕事。急な追加も変更もお客様あってのこと、微妙なセールスのことに口を出すんじゃない」、という会社も増えた。だが、両者に壁があるのは変わりない。営業は大げさな販売計画を立てる。工場はその数字を信用せずに、鉛筆を舐めて別の数字で生産計画を立てる。そういう会社を、わたしはいくつも知っている。

ライバルと目される、あるメーカーにいたっては、「自分のとこの営業マンは、トヨタほどセールス力がないから、平準化してなんか売れない。だから、どんな注文がいつ飛び込んできても、すぐに対応できるよう生産側だけで工夫するのだ」と発言する人までいる。トヨタからみれば、こんな状況はお笑い草のはずだ(もちろん、口には出すまいが)。その方針のおかげで、どれだけサプライヤーが振り回されることか。結果、どれだけ生産コストが上がっていることか。

トヨタが成長したのは、カリスマ的なリーダーが衆愚を統率したからでも、ユーザーにしびれるようなエクスペリエンスを与える画期的新製品を連発したからでもない。アメリカ市場で現地生産を始めたのも、大手の中では一番遅かった。今の経済メディアがふりまく「企業の成長に必要なのはカリスマ・リーダー、画期的製品、グローバル化だ」という論調は、どれも当てはまらないのだ。

彼らの真の強さとは、営業と生産がちゃんとかみ合って動いていることにある。このことに、多くの人は気づいていない。それは、ある意味、大野耐一氏が「トヨタ生産システム」と名付けたことに始まるのではないか。これが「トヨタ生産&販売システム」と名付けられていたら、もっと世の中の理解は進んでいただろう。そしてまた、いわゆるJIT生産コンサルタントたちも、その意義を十分宣伝していないように思われる。というのも、JIT生産コンサルの多くは、トヨタ系列のサプライヤー指導で生計を立ててきたからである。トヨタ本体の販売が、きちんと計画通りに売って、ブレの少ない先行内示を保証してくれるから、部品メーカー側も安心して、小ロット生産やシングル段取りなどの現場カイゼンに精を出せるのである。まともな販売があってはじめて、生産のあるべき姿が決まるのだ。

それにしても、S氏の仕事ぶりを見て、改めてその徹底ぶりに感じ入った。わたしは決してトヨタの崇拝者ではない(車も別の会社のものに乗っている)。ただ、尊敬はする。あの会社は、上から下まで、販売の末端から製造の最上流まで、どこまでも首尾一貫しているのである。それが、「システム」というものの強さなのだ。そのことを、世の中の営業系の人たちも、もっと知って欲しいと思う。トヨタ生産システムとは、トヨタの生産&販売システムなのである。

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