モジュラーとインテグラル - 製品アーキテクチャーの二つの方法

半導体製造装置の1つであるステッパーといえば、ながらく日本製品の独壇場というイメージが強かった。そのステッパー分野で、一時は世界市場の大半を占有していたキヤノンとニコンが、オランダ企業のASMLに敗れた話を耳にした方も少なくないと思う。1990年時点ではシェアが10%にも満たなかったASML社は、今や65%以上の世界シェアを握っている。

では、ASML社はどうやって勝利したのか。英エコノミスト誌の記事 "Japan’s technology champions: Invisible but indispensable" (2009年11月7日号、 翻訳はこちらで読める→「技術立国日本のトップ企業」)によると、こうだ(以下抜粋して引用)。

「キヤノンとニコンは、製造するステッパーは部品を含め、すべてを内製化していた。そこでASML社は製品をモジュール式に設計し直し、各モジュールを専門企業に外注した。例えば、精密レンズはドイツのカール・ツァイスが製作した。『当社は、ニコン、キヤノンと正面から争うにはあまりに小さすぎた』と、’90年から2000年までASMLの社長を務めたウィレム・マリス氏は述懐する。そして、このモジュール化による設計思想こそ、ASMLがイノベーションを加速し、日本企業を凌ぐ原動力となったというのが、モリス氏の説明だ。

ASMLのオープン性は、単なる比喩ではなく、文字通りの形でも現れた。『例えばサムスンに納入した装置が壊れた時、日本人が20人やって来て、装置をテントで覆ってから修理をしたので、中で何をしているのか分からなかった』という。ASMLは正反対のアプローチを取り、顧客に問題点を見せ、その解決法を公開した。今でも、ニコンとキヤノンは閉鎖的なままだ。」(以上引用)

そして、エコノミスト誌はこう結論する。「両社(ニコンとキヤノン)は今やステッパー事業を統合する方が理にかなっているにもかかわらず、依然として別々に事業を行っている。」

同誌のこの結論が適切かどうか、私には分からない。少なくとも、このエピソードから、「オープン化・グローバル標準化が勝負を決めるのだ!」と決めつけるのは、即断にすぎるように思う(あわてて結論に飛びつく経済評論家も世間には多いのだけれども)。私の今回のテーマは、製品設計には二種類の方法がある、という話をしたいだけだ。その二種類とは、モジュラー型のアーキテクチャーと、インテグラル(すりあわせ型)アーキテクチャーである。

製品の全体機能を単位機能に分解する。個別の単位機能に、それぞれ独立したモジュール部品を用意し、それらを組み合わせることで全体機能を実現しようとする設計思想を、モジュラー型アーキテクチャーと呼ぶ(ModularはModuleの形容詞形)。モジュールの組合せは、標準的に規定したインタフェースに準拠するように設計する。モジュールを交換することにより、さまざまな機能的オプションのバリエーションを可能とするのである。

モジュール部品は、それぞれがいわば機能的に自己完結した存在であり、小さな製品であるとも言える。だから上述のように他社から調達しやすい。

子供の頃、初めて我が家に「ステレオ」なるものがやってきたとき、それはターンテーブルから両スピーカーまで一体型になったステレオセットだった。LPレコードの溝から振動を拾い出し、電気的に増幅してステレオ音響に変える複雑な機能を持った総合的システムだ。しかし、ラジオやオーディオに詳しい友達は、「出来合いのセットを買うんじゃなく、別々のパーツを買って組み合わせてステレオをつくるのが進んだやり方だぜ。」と得意げに教えてくれた。

見せてもらったメーカーのカタログの中には、『モジュラー・ステレオ』なる商品があった。両側のスピーカーと、真ん中のターンテーブル兼レシーバーが別々になっていて、ケーブルでつながれている。スピーカーは自分の部屋に合わせて自由に置くことができる。そのとき初めて「モジュラー」という言葉を知ったのだった。友達はさらに、プリメインアンプだとかチューナーだとか複雑な専門用語を駆使して、“コンポーネント・ステレオ”なる概念を私に吹き込んだ。コンポとはすなわち、インテグラル型の製品だった初期のステレオセットを、モジュール化アーキテクチャーに置きかえたものなのだった。

コンピュータもまた、初期のインテグラル型から次第にモジュール型へと変化していった商品である。その典型が、IBM PCだった。もっと初期のパーソナル・コンピュータは、グリーンモニタとキーボードとCPU本体が一体型の製品が珍しくなかったのだ。IBM PCの成功は、あらゆる種類の周辺機器や互換機メーカーの成長・繁栄をもたらすことになった。同時期にAppleが導入したMacintoshは、非常にクローズドでインテグラル型の製品だったため、成長が遅かった。いや、そもそも、もっと昔のIBM汎用機の時代に、ハードウェアとソフトウェアの分離があったからこそ、今日のソフトウェア産業が成り立ったのだ。

こう書くとモジュラー型アーキテクチャーがつねに優位に見えるかもしれないが、インテグラルが競争優位であり続ける分野も多い。自動車は、すり合わせ型アーキテクチャーの代表例である。前にも書いたが、自動車の部品はすべて個別に専用に設計されており、カローラ用のシートはプリウス用のシートとは別であって、互換性はない。

インテグラル型の長所は、個別の製品特性に合わせて経済的な最適設計がなされている点である。モジュール化すると、規定されたインタフェースにあわせて設計する必要がある。このとき、どうしても余計なオーバーヘッドやマージンが入り込みがちになる。そのかわり、モジュール化された部品は互換性(汎用性)が高いため、全体としては生産量が増える可能性がある。また、複数メーカーでの競争もある。だから量産効果や競争で単価が下がることが期待できるとも考えられる。冒頭で紹介したオランダのASML社の戦略は、これだった。

ただし、モジュール化とオープン化は、必ずしもイコールではない。モジュール化しても、インタフェースや仕様を非公開のままとどめる方法もある。結局、モジュラーとインテグラル(すりあわせ)アーキテクチャーの最大の違いは、部品の『単機能化』、ならびに『交換可能性』(=自由度)の大きさという指標の違いに帰着するのである。

インテグラル型の製品では、複数メーカー間の部品の交換可能性が低い。ここから「純正部品」という考え方が生まれ、メーカーの「保証」に組み入れられる(無償修理の権利だけでなく、性能保証という面もある)。そして純正部品は利益率がいい。これがゆえに、インテグラル型製品では、本体価格を安くして、純正部品や保守で儲けるという戦略も生まれる。

ここで、前回書いたプッシュとプルを思い出してほしい(「プッシュとプル - サプライチェーンの二つの方法」)。モジュラー型の製品では、部品についてはプッシュ型見込生産に移行しやすい。一方、インテグラル型の部品は、基本的にプル生産に結びつきやすい(なにせ客先仕様で設計された部品であり、納品先は1社のみなのだから)。

このように、製品のアーキテクチャーには二つの設計思想がある。そのどちらが優位かは、商品の特性や市場環境によって異なり、正解はない。だが、どちらを選ぶかは、サプライチェーンや工場計画のあり方に、密接に関連する。製品アーキテクチャーが、生産システムの戦略を考える上で重要なゆえんなのである。