工程表と部品表 - 個別受注生産における主従の逆転 (2017-03-31)

若い頃、『システム・モデラー』という職種を目指したい、と言ったら、上司から「そんな職種はない」と言われたという話は、以前書いた(「システムとはいったい何を指すのか」 『考えるヒント』 2013-08-01)。それで、その後わたしは「プロジェクト・アナリスト」を名乗るようになり、今では名刺に、勤務先の「チーフ戦略アナリスト」である、と書いている。

だが、今でもわたしはモデリングの仕事が好きだ。データ・モデリングとは、世界の概念的スケッチである。言葉と簡単な図を使って、世界のあり方を切り取って分析する仕事は、何より楽しい、と思う。モデリングという仕事は、技術とアートの中間地点にある、とも言われる。科学的論理性だけでは、良いモデルを作るには足りない。モデルとは近似であり、見切りだからだ。モデルは必ずしも事物の厳密・正確な再現ではない。英語で、"Models are all wrong. But, they are useful.”という言葉をきいたことがあるが、金言だと思う。モデルはすべて、正しくない。だが、有用なのだ。

さて、前回は『部品表』と『工程表』という概念について、簡単なイントロ的解説を書いた。ところで、前回の記述は、じつは繰返し性の高い生産形態での話だった。つまり、見込生産(MTS)とか繰返し受注生産(MTO)の場合なのだ。

(なお、若干話がずれるが、生産形態の分類を表す用語については、日本語の慣用句よりも英語の用語の方が本質を突いているので好きである。見込生産は英語でMake to Stock = MTSとなる。「在庫してストックするために作る」形態なのである。繰返し受注生産はMake to Order = MTOで、これは「注文に応じて作る」やり方だ。このように、何に対して製造するか・製造の結果が何になるか、が英語での表現では、より明快だ)

さて今回は、ETOの場合について書いてみたい。ETOとは、Engineer to Orderの略だ。Engineerという単語は、ここでは「技術者」という名詞ではなく、「設計すること」という動詞で使っている(ちょうど”Engineering”という動名詞の言葉があるように)。ETOは日本語では、「個別受注生産」あるいは「一品受注生産」「受注設計生産」などとも呼ぶ。

ETOという生産形態の本質は、製造の前に設計作業が必須となることだ。このような生産形態は、意外と多い。たとえば造船。航空機。大型の産業機械(たとえば圧縮機や工作機械など)。あるいは金型。いろいろある。わたし達プラント・エンジニアリング会社が購入する資機材の大部分も、ETOの形態で生産される。そしてIT業界でSIerが行う受託型のシステム開発も、受注後に設計が必要になる点では、ETOの一種だと見ることもできる。

わたしの見るところ、日本の製造業には、このETO形態を(部分的にであれ)とっている企業がかなり多い。好むと好まざるとに関わらず、いや、それが企業自身で自覚して選んだ結果なのかどうかも分からないが、とにかく、広く見受けられる。統計的根拠までは示せないが、英米や中国などより、ずっと比率が高いのではないかと思う。

その理由は、日本における顧客(買い手)側のあり方に起因している、というのがわたしの推測だ。日本の顧客(B2Bで、顧客が企業の場合)は、なぜかメーカー標準品を買うことを潔しとせず、必ず自分好みの個別仕様を付け加えたがる傾向がある。たとえば生産財を買う場合、それが自社の生産ラインにぴったり最適化され、面倒が少ないようにしたい。そのため、いろいろ個別で特殊な注文がつく訳だ。そういう風に細かな注文をつけること自体が、エンジニアとしてのプライド、ないし存在意義とさえ思っているらしい(実際にはその分、標準品よりコストが上がっている可能性が高いのだが、会計部門への説明能力の高いこともエンジニアの能力の一部である^^;)。顧客から個別注文を受け取った企業の技術者は、自分のサプライヤーに振り向いて、同じように個別仕様を要求する。かくして、日本ではETOに対応しない企業は生き残れなくなっていく。

ところで、いろいろな生産形態のうちで、生産管理の一番難しいものが、このETOなのである。だから日本の製造業は、全体として、わざわざ一番難しい生産形態を、みんなして選んで、お互いに生産性の低さに苦しんでいるとも言える。

ETOは、なぜ難しいのか? ETOの特徴は、受注時点で部品表(BOM)が固まっていないことにある。まあ受注時点でも、たいていの場合、大きな骨格くらいは見えている。そうでなければ、そもそも金額さえ見積れないからだ。

しかし、細部は設計してみないと決まらない。当然、設計後に、部材を注文することになる。注文してはじめて、部材は工場に入ってくる。部材がなければ、製造はできない。当たり前だろうって? その通りだ。だが、製造のスケジュールという観点から見ると、ETOとそれ以外では、大きな違いがあるのだ。

前回の図を思い出してほしい。複数の子部品が組み合わさって、一つの製品ないし親部品ができあがる。それを作るために、工順がある。いいかえると、部品の親子関係に対応して、一つの工順がある(厳密には『代替工順』というものも存在しうるが、今その話には深入りしない)。工順は複数の作業からなっていて、それぞれの作業に、製造資源(人や機械)が結びつく。こういう構造だ。

ここで、ちょっと図を見てほしい。ここに掲げたのは、渡辺幸三氏が「CONCEPTWARE/生産管理」の名前で公開している、生産管理システムのデータモデル図の一部だ(http://dbc.in.coocan.jp)。渡辺氏は、今日のIT業界のレベルアップと生産性向上をめざして、あえてこうした本格的で実線的な業務系システムのデータモデルを公開しておられる。

E-R図を見慣れた方ならば、これを見るだけでわたしの言いたいことはお分かりいただけると思うが、念のために説明しておこう。なお渡辺氏の用語はわたしのとは少し違っているため、対応関係を示しておく。左が渡辺氏のモデル上の用語で、右がわたしの用語である。

(1) 工程→工順、 (2) 作業場→作業区(ワークセンター)、 (3) 製造品工程明細→作業、 (4) 製造品材料明細→部品表、 (5) 品目→マテリアル(品目)

この図を見ると、(5)「品目」レコードに対して、複数の(4)「製造品材料明細」レコードがぶら下がっている(渡辺氏の図法では、「∈」は1:Nの関係を示す)。これは、一つの親部品が、複数の子部品から組立・加工されて作られる「親子関係」を示している。そして、(5)「品目」レコードに対し、(3)製造工程明細が、やはり複数ぶらさがっている。つまりここでは、品目が主であり、工順・作業が従であることが表されているのだ。(細部に興味がある方はダウンロードして、全体をご覧になることをおすすめする。非常に勉強になると思う)

そして製造リードタイム(渡辺氏の図ではLead Timeの頭文字をとってLTと略されている)は、個別の作業に結びついており、作業を積み上げて、工順の、そして全体の生産スケジュールができあがるのだ。

言いかえるなら、設計が完了して、すべてのマテリアルと部品表が決まらない限り、製造コストやスケジュールが確定しない、ということになる。コスト(原価)については、もはや受注時点ですでに販売価格が決まっているのだから、今さら泣いても笑ってもどうにもならない。だがスケジュールは問題だ。工場では複数の品目や注文が流れており、スケジュールの相互調整によっては、他の品目の納期に影響してしまう。

MTS(見込生産)やETO(繰返し受注生産)ならば、事前にBOMが確定しているから、「標準納期」とか「標準リードタイム」といったものを設定することができる。だがETOは、受注時点で全体のスケジュールが見えないのだ。ということは、受注時点で、本当に納期を確約できるかどうかも、分からない訳だ。おまけに、現場の人や機械の事前手配も、難しいと言うことになってしまう。

それがどうした。ものづくり現場は、部品と図面がなければ動けないのだ。だったら設計が全部終わった時点で、製造のスケジュール計画を立てればいいではないか、と思う人もいるかもしれない。だが、そうはいかないのだ。競争環境下では、そんなにのんびりした納期を顧客は与えてくれない。だから、部品表が確定した部分から、順次作り始めなければ、ふつう間に合わなくなる。かくして、設計作業と、部品調達と、製造作業が、並行して進むことになる。本来は順番に進むはずの仕事が、入れ子になったり逆転したりして進むのだ。設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)が別々に管理されている企業の場合、話はさらに混乱してくる。

米国生まれの生産管理手法であるMRPが、日本でなかなか受け入れられず普及しなかった理由の一つが、ここにある。MRPは、大量繰返し生産マインドの強い米国で、’60年代に生まれた手法である。MRPでは、計画時点に、製品のBOMデータが存在していることを前提している。だが個別仕様が好きで短納期を要求したがる顧客だらけのわが国では、なかなか使い物にならない。

では、どうしたらいいのか?

ここで実は、発想の転換が必要となる。それは、「品目」→「作業」という主従関係の逆転である。

「作業」と、その集合である「工順」を、視点の中心におく。そして工順のインプットとアウトプットとして、子部品・親部品をとらえる。前回の図を、もう一度見直してみてほしい。

今、ここで問題としたいのは、製造スケジュールである。つまり個別作業にかかる正味時間、工順に与えるべきリードタイムだ。そして、それは、同じような親部品を製造する作業では、子部品の細部が多少異なっても、ほぼ同じだと見ることができる。え? 六角の部品の加工と、円形の部品の加工では作業が違うだろうって? たしかに厳密には違う。だが、生産スケジュールはモデルであり、一種の近似であることを思いだしてほしい。何秒単位の厳密な数字を議論しても仕方ないし、そんな精度は必要ないのだ。現場が必要とするのは、現場が混乱しないですむようなざっくりした精度の、しかしある程度は信頼しうる予測なのだ。

個別作業の所要時間見積のために、ここで登場するのが「パラメトリック見積法」である。これは、作業対象が持つ、なんらかの代表的なパラメーターを用いて、作業時間(つまりコストを)推計する方法だ。そして、この仕事のために、BOQ = Bill of Quantityという概念が、BOMのかわりに登場する。Quantityはパラメーターの数字である。グラムとか、mmとか、リットルとか、何の単位でもよい。それが作業の量(Quantity)を適切に示してくれたら、それで良いのだ。あとは割り当てる製造資源と、その生産性指標とから、作業時間を推算することができる。製造コストも、推算できる。

詳細な設計作業が十分に完了していなくても、基本設計段階(ないし受注前の見積設計段階)で、製品を構成するサブ・モジュールや共通部品等のBOQを洗い出し、リスト化しておく。そうすれば、これを元に、製造スケジュールをあらかじめ立てられる。これが、プロジェクト的なETO=受注設計生産のやり方なのである。詳細のBOMは、設計のあとでできてくれば良い。

もともとBOQという用語・概念は、100年ほど前に英国の建設業界で生まれた概念だ。そして、エンジニアリング業界に流れ込んできた。わたし達の業界では、このBOQ(しばしばBQとも略す)が、プロジェクト・スケジューリングの中心的なデータになるのである。わたし達にとって、作業(プロジェクト用語ではActivity)が主であって、そのインプット・アウトプットとなる品目(マテリアル)は従である。作業が先にあり、品目は段階的詳細化の結果として、後から決まってくる。このような世界観で、エンジ会社はプロジェクト・マネジメントを行っている。

そしてエンジニアリング・プロジェクトは、まさに巨大な「受注設計生産」そのものなのである。基本設計の外部仕様を元に、詳細設計を起こし、資機材を世界中のサプライヤーから調達し、プラントの現場に運んで、据付組立作業(「建設」)を行う。我々もまた、組立加工産業なのだ。

そしてもう一度最初の話に戻ると、システム・モデリングの面白い点は、こうしたデータモデル上の主従の逆転、アクロバティックな視点の転換が、ときに必要となることにある。必要なだけではなく、とても有効でもある。もちろん、そのためには、ある種のスキルがいる。ものごとを俯瞰して見る、一種マネジメント的なスキルが。そういう訓練の場をエンジニアのために作ろうと、わたしはこのところずっと研究部会の仲間達と活動しているのである。どうか期待していてほしい。