製造業とITをつなぐミッシングリンク - BOM(部品表)の問題 (2013/10/09)

最近、拙著「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」の重版の知らせを出版社から受け取った。累計7,400部になるらしい。発刊が2005年初頭だから、8年間かかってやっとこれだけの数字だ。でも、ビジネス書は3千部売れれば及第点のレベルと言われから、まあまあの部類ではあるだろう。多くの方に受け入れていただけたことに、感謝したい。それに、編集担当の方によると、8年以上もの期間にわたってジワジワ売れ続けるのは、こうした分野では珍しいらしい。

それにしても、最近、あらためてBOMが関心を集め直しているのではないか、と感じることがある。今年は二回もBOMに関して講演の依頼を受けているし、本書の増刷もある。もっと驚いたのは、数ヶ月前だが、電車ですぐ隣の人が「BOM/部品表入門」を読んでいたことである。本は何冊か書いているが、初めての体験だ。思わず、「著者ですが」と挨拶をしてしまった(^^;)。相手の方は、SI業界の方で、BOMに関して勉強するため読み始めたとのことだった。

本を書き始めた2004年の頃は、BOMに対する関心が産業界で高まっている時期だった。自動車会社が膨大な労力と費用をかけてBOMを再統一するプロジェクトをはじめたり、電機メーカーが大変な苦労をして部品の品番統一を行ったり、というニュースが報じられた。また本書に前後して、やはりBOM関係の著書や訳書が刊行されたりしていた。

ところがその後、しばらく鎮静期というか、BOMがあまりメディアに取り上げられなくなる時期が続く。そして最近になってまた、再び注目が集まっているように感じられる。これは、何故だろうか?

その答えを考える前に、ちょっとここで読者諸賢にクイズを出してみたい。以下の問に、みなさんならどう答えられるだろうか。いずれも、日本の製造業の姿をあらわす数字だ:

 GDPに占める製造業の割合 = ? %
 製造業ではたらく就業者数 =  ? 万人
 製造業の従業員あたりIT費用 = ? 万円/年

これらの質問は、今年3月に開催した「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」でBOMに関する講演をしたとき、イントロに使った問題である。さて、日本全体のGDPに占める製造業の比率は、何%か。“ものづくり日本”と謳われ、製造業が日本の産業をリードする、あるいは輸出の主軸である、と考えられているわたし達の経済で、さてどれくらいの割合を占めているのか。半分? 7割? それとももうちょっと小さく4割程度?

じつは、日本のGDPの中の製造業の比率は、2008年に19.8%となり、すでに2割を切ったのである。意外に思われる方も多いだろう。モノづくりが倒れたら日本が滅びる、みたいな論調をよく聞かされるが、ちょっとオーバーなことが分かる。メディアも感覚論だけでなく、こうした数字をおさえて報じてくれるといいのにな、と思わないでもない。

なお、ドイツの製造業GDP比率=25%、米国=12%、EU平均=20%である。ドイツはさすがに今でも製造業大国だと分かる。米国の製造業の衰退は、残念ながら数字から見ても本当である。日本はEU全体の平均に近い。

ただ、2割を切ったといっても、日本はGDP規模でまだ世界第三位の経済大国であり、他国と比較すると、やはり大きい。ちなみに日本のGDPは約480兆円。計算がしやすいように、だいたい500兆円と覚えておこう。製造業はその2割だから、毎年100兆円も稼いでいるのだ。ちょっとした国の経済規模より、ずっと大きい。

では、二番目の問は? 研究部会では「5万人くらいかな」と答えた方がおられたが、それでは少なすぎる(トヨタ一社だってそれより多い)。こういう問題を考えるには、概算と類推を活用する必要がある。いわゆる「フェルミ推定」である。GDPに占める製造業の割合は、2割だと分かった。日本の人口は、1億2千数百万だ。ここも、計算が簡単なように、1億2千5百万人と記憶しておこう。そうすると、その2割=1/5だから、2千5百万人が製造業のカバー範囲か。ただし、これは赤ん坊からお年寄りまで、全人口が入っている。就業者となると、生産年齢で、失業者ものぞかなくてはならない。エイヤっと半分にして、1,250万人でどうだ!

ま、惜しいところである。実際の答えは、1,030万人なのだ(2010年度の統計)。ちなみに日本全体の全就業者数は、6,246万人である。総人口の約半分で、ここのエイヤは合っていた。どこが違ったかというと、GDP比率と比例していない点だ。6,246万人中の1,030万人は、16.5%にあたる。製造業は、GDPでは全体の1/5だが、就業者数では1/6しかいないのである。

GDP比率よりも就業者比率の方が小さい。これはすなわち、製造業の方が一人あたりでは余計に付加価値を稼いでいることを示している。経済効率が高いのである。他の産業、すなわち流通業やサービス業などの方が、一人あたりの生産性が少し低い。

それでは第三問、製造業の従業員あたりIT費用は年間でいくらか? 答えをいってしまうと、43.2万円(2010年)である。これは多いと思われるだろうか、それとも少ないだろうか? これも、他と比較すると分かる。全産業平均のIT費用=57.8万円/人・年なのである。「いや、俺、そんなに使ってないから」などといわないでほしい。これは、配備パソコンの購入代金から、基幹システムの開発運用費、保守その他の労務費外注費、デジタル通信費用まですべて含めた金額なのだ。ユーザの目に見えない費用が全部含まれていることに注意してほしい。

さて、全産業の平均に比べると、製造業は75%、つまり3/4しかIT費用が使われていないことが分かった。問題は、これを、どう見るかだ。製造業はITを効率よくつかっているから、一人あたりの費用が少ない? わたしは、そう見ない。工場現場労働者というブルーカラー職種の人数まで入っているから、平均値が下がっている? だが、流通サービス業だって、相当に単純労働者を抱えている。他業種は派遣や外注など非正規雇用者を多用しているから、分母が小さい? いや、分母は正社員数ではなく就業者数であることに注意してほしい。

わたしの見方は、もっと単純である。製造業は、必要なIT費用を十分に使っていないのだ。どれだけ必要かは、無論、業態による。業種の中で最高なのは金融保険業の163.2万円だが、製造業はそのわずか1/4である。では、製造業の業務は金融や流通よりもずっと単純なのか? そんなことはない。むしろ、業務プロセスの幅でいうと、製造業は流通やサービス業よりも、ずっと大きい。受注・設計・製造・検査・物流・保全・販売・購買・在庫・経理・人事・・・(流通業は、これらの内、販売以降の部分だけをカバーすればすむ)。つまり、製造業の情報化は、業務が多くて複雑なのだ。

製造業にIT化費用の支払い能力がない、単価が安い、という訳でもない。わたしの経験では、流通業よりもむしろ発注の査定はリーズナブルである。だったら、なぜSIerはもっと製造業をターゲットにしないのか? いい顧客ではないか。

その大きな理由は、じつは「製造」という業務に対する敷居の高さにある、とわたしは見ている。会計や、販売管理や、発注検収システムを得意とするIT会社はたくさんある。しかし、製造となると急に出足が止まる。なんだかややこしいし、製造現場はうるさくて煙臭くて縁遠い。だいいち工場なんて妙に不便な田舎にあるじゃないか。

おかしなことに、肝心の製造業の情報システム部門の人たちも、しばしばそう感じているらしい。本社でERPやCADシステムを導入することには熱心でも、工場の製造実行システム(MES)などは案外、製造部門任せだったりする。製造部では、若手でちょっとパソコンに詳しいような技術者が、見よう見まねで設計書を書いて開発したりする。これできちんと情報化が進むわけがない。その結果が43.2万円なのだろう。

そのようなやり方は、そろそろ限界に近づいている。なぜなら製造の海外展開が近年急速に進んで、部品・製品のサプライチェーンが工場の壁をまたいで海外まで伸びてしまったからだ。おかげで、どこに何がいくつあって、どれをいくつ作ればいいか、ひと目で分からなくなってしまった。製造業の計画の鍵、中心となるマスタデータはBOM(部品表)である。この部品表という革袋が古くなって、海外展開という新しい酒を入れることができなくなってきたのである。

だったらば、そろそろITのプロに任せればいいじゃないか。製造業が全産業の平均並みにIT費用を使うとすると、57.8―43.2=14.6万円/人・年の潜在需要がそこにあるはずだ。就業者数1,030万人をかければ、毎年約1.5兆円の市場である。これは、IT産業から見ても、非常に良いマーケットだろう。大丈夫、製造業は年間100兆円のGDPを生み出している。念のためにいうが、売上100兆円ではない。付加価値額の合計が100兆円なのである。1.5兆なんて、そのわずか1.5%にすぎない。もし、1.5%のIT投資をして、それで年間3%の生産性アップが得られるなら、ものすごく引き合う話ではないか。

じつは、その素晴らしい見合い話で問題となるのが、BOM/部品表なのだ。多くのシステム屋さんの「躓きの石」が、部品表らしい。なんだか構造もややこしいし、数も種類も多くて訳わからない・・。

別に、そんなことはないのですよ。たしかに見かけはややこしいけれど、それは顧客のデータモデルがしっかりしていないだけかもしれない(だってITのプロが作ってこなかったのだから)。だから、そこさえきちんと押さえれば、あとは論理的に展開できる。そして、製造業のいいところは、業務が理屈どおり進むことなのだ。

わたしは自分の本が売りたくて、こんなことを書いているのではない。日本の製造業は今、明らかに質的転換の曲がり角に来ている。贅肉体質の企業はすでに淘汰が進み、よく考えて行動しているところが(規模の大小にかかわらず)生き延びる時代に入っている。そのボトルネックは、製造・物流のIT化なのだ。わたしはぜひ追加の1.5兆円市場が生まれて、それがGDP全体の拡大に寄与するようになることを望んでいる。その動きに、拙著がちょっとでも貢献できれば、望外の喜びなのである。