WBSはコスト見積の基準を規定する (2012/11/01) WBS(Work Breakdown Structure)についてもう少しだけ書こうと思う。WBSはプロジェクト・マネジメントの土台であるにもかかわらず、しっかりした指針に関する情報があまり多くないからだ。 1950年代、相前後してPERTCPMの二つの技術が米国で編み出され、これが現代プロジェクト・マネジメント理論のはじまりとなった。PERT(Project Evaluation & Review Technique)は米軍から、CPM(Critical Path Method)はデュポン社から提案された数理的手法で、後に両者はPERT/CPMとして一括りで呼ばれるようになった。このPERT/CPMが画期的だったのは、次の二点があったからだろう。 (1) プロジェクトを、より小さな単位的作業(アクティビティ)の集合としてとらえたこと。とくに、プロジェクトをアクティビティのネットワークとして表現したこと (2) プロジェクトの納期やコスト見積に、数理的な方法論が適用可能であることを示したこと それ以前にも、(1)や(2)の萌芽的な考えはあっただろう。しかし、プロジェクトを全体まるごととして議論する傾向が強かった。今日でも、あまり現代PM理論を知らない人々(たとえば政治や行政の分野など)は、リスクや納期や組織について、まるごと感覚論で語ることが多い。そうなるとどうしたって話は、リーダーの資質やらモチベーションなどの定性的論議に傾いてしまう。逆に言えば、現代PM理論の強みとは『プロジェクトの内部構造』を考え、計数的に吟味できる点にあるのだ。 ところで、上記PERT/CPMの手法には、まだWBSの概念が明示的には入っていない。プロジェクトの全体工期を、アクティビティ・ネットワークの最長の経路から求めるクリティカル・パス法の中にあるのは、相互に対等なアクティビティだけである。では、いつ、どこでアクティビティの階層的関係=WBSが持ち込まれるようになったのか。 これはわたしの推理だが、上記(1)(2)の萌芽は、工期推定とは別のところにあった。それは積上げ法によるコスト見積で、すでに19世紀頃から、建設プロジェクト分野などで行われていたはずである。積み上げによるコスト見積とは、いうまでもなく、レンガ何個・コンクリート何トン・職人何人、といった項目別の建設費積算である。この方法は、ある意味でプロジェクトの内部構成を考え、かつ材料・工賃相場と分量から計数的に求めるやり方だ。この方法は、今でも建設業界などで標準的に行われいてる。そして費目は、「材料費→コンクリート費用→型枠費用」といった階層的なカテゴリーでとらえられる。 ただし積上げ法の見積積算で問題にするのは、「費目構成」であって、「アクティビティの構成」ではない点に注意してほしい。ゼネコン業界では見積積算も工程表も立派につくるが、アクティビティのロジック・ネットワークという発想は希薄だ。プロジェクトの責任範囲(スコープ)全体を、アクティビティに階層的に分割し、かつ、各アクティビティに付随するコストと工期から、さかのぼって全体コストと工期を推定しようという、きわめて論理的な思考方法は、アメリカ生まれ、とくに防衛宇宙産業やエンジニアリング産業の周辺から生まれてきたものと思われる。 「大きくて全体を取り扱うのがやっかいな問題は、小さな部分問題に分割して解決する」--これは偉大な数学者ガウスのモットーだったが、西洋的発想に共通するものがあるらしい。プロジェクト全体では大きすぎて、なんだか取り扱いにくい。では、それを小さな単位作業=アクティビティに分割し、構造的に表現してしまおう。これがWBSの論理なのである。 繰り返すが、クリティカル・パス法の時間管理だけだったら、WBSという発想は要らない。その証拠に、TOC理論で有名なゴールドラット博士の発明になるクリティカル・チェーン手法(CCPM)では、アクティビティ・ネットワークだけを問題にして、WBSは重要ではない。納期短縮とリソース制約を主要な問題としているからである。同様に、プロジェクトの品質問題を考えるときも、とくにWBSは不要である。 ということは、品質・納期・コストの三要素において、WBSの概念は、何よりもコスト計画(つまり見積・予算)とコントロールにおいて重要なのである。 そこで、前回(「WBSはプロジェクト組織を規定する」参照)提起した問題をあらためて考えてみよう。すなわち、プロジェクトをWBSに分割する場合、『成果物中心』の方向に分割すべきか『プロセス(作業順)中心』に構成すべきか、という問題である。前回は、作るべきプロダクトの内部が密結合で、機能モジュール間の整合性が重要な場合はプロセス中心型とすべきで、その場合は品質が担保されやすい(ただし納期はやや長くなる)し、逆にプロダクトが機能モジュールの粗な集合である場合は、成果物中心型が有利になる、と述べた。それは、プロジェクト組織と責任範囲を、WBS構造が規定するからであった。 ところで、この問題をコスト見積から考えると、別種の視点が生まれてくる。もしも見積を、機能モジュール単位の積み上げで行う場合、WBSは必然的に成果物中心型になる。また、作業工程別の人数・期間による工数積み上げで見積もるなら、プロセス中心型WBSが必要だ、ということになってくる。念のためにいっておくと、コスト見積作業では、必ず過去の実績との比較検討が必須だ(そうでなければ経営者は予算をOKするまい)。その際は、過去のコスト実績データがどのように整理・集計されてきたのかがモノを言う。もし、見積をFunction Pointや類似の画面・帳票枚数でやってきたのなら、成果物中心型WBSの方が対比しやすいかもしれない。もし設計・実装・テストなど段階別工数とその比率で実績データを検証してきたのなら、プロセス中心型が求められるだろう。 WBSは、プロジェクト組織を規定する。と同時に、WBSとは、コストのロールアップ(集計)構造でもある。両者はある意味で、表裏一体のものだ。つまり、設計の責任を任せられた者は、設計品質のみならず、配下の各設計SEがどれだけ人件費を使っているのかも把握する責任がある。もし機能モジュールAの責任者になったら、自分の担当範囲の納期とコストをつかんでおかなければならない。それらは、実績データとなって、将来のプロジェクトでまた再利用される。だから、WBSの設計は、いよいよ細心の注意が必要なのである。 と、まとめたところで、この話は終わりにしてもいい。しかし、いつものくせで、ちょっとだけ“プロ的”な話題をつけ加えたくなった。難儀な話題とでもいおうか。何かというと、WBSをコスト構造の表現としてとらえると、「プロジェクトのアクティビティへの階層的分割」という元の発想からはみ出してくる事柄が生じるのだ。それは、“作業的な実体を伴わないWBS要素”がコスト集計のために必要になるからである。コスト要素の中には、オフィス賃料だとか、水道光熱費とか、ハードの減価償却費とか、支払利息や為替差損などの項目がある。これらは特定作業には紐づけられない。さらに、「予備費」(Contingency reserve)はどうするか? 何か、万が一の時の対応のために、プロマネがポケットに残しておく費目だ。これだって、リスク費用の一種である。 コスト構造を考えるためには、こうした種類のものがWBSの中に必要になってくる。じゃあ、それらはアクティビティ・ネットワークのどこにあるのか? 組織上は誰が責任を持つのか? そして、EVMS(Earned Value Management System)でコスト・コントロールを行うとき、どうやって計算に組み入れるのか? と言うわけで、いつだってWBSの設計には悩みが尽きないのである。それとも、いつかまた論理的な天才が現れて、今日のPM理論を一次元上に昇華してくれる日が来るのであろうか。だとしたら、今すぐにでも来て欲しいものだと思うのだが。